平成19年 版    今 年 の 私


7回目の年男 84歳です




Pure Life 84




 中国旅行記     世界遺産レプリカ   花園を訪れました    四国へロングドライブ  

  富士山観光    箱根観光    息吹山登山    頚椎症性脊髄症   



 頚椎症性脊髄症 19−11-8

   その症状で手術を受けました。

頚椎症性脊髄症になると、脳から頚椎を伝って神経を送仕組みが軟骨の突出によって阻害されているためスムースに流れないので 
 ために手足の力が抜けおちるのです。手の指の力もおちてものがうまく摘めません。パソコンの操作はようやくの状況です。
  その軟骨を取り除くためには手術がひつようです。それが今回の手術です。
  手術は成功しましたがこれで一気に流れるものではなく回復には半年近くっかるとのこと。それまで通りふじゆうのままです。


 

   
息吹山登山
   PCカウンセラーの三上さんと伊吹山にのぼってっきました。

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 咲いていた花です。
これも
頂上へ
観 音 様


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 道 案 内
芭蕉の句
琵琶湖が見えるそうですが
歩きました
この後転倒


    kenのハンドルで 高速道路関ヶ原インターから伊吹山ドライブウエー駐車場まで走りました。
    これより高さ100メートル上の頂上が見えたので歩いて登ります。

    岩だらけの道には白い石が敷いてありました。一歩一歩慎重に歩いたのでがすが
    3分の2ほど登ったあたりで脚を踏み違えて転倒したのです。
    顔面は眼鏡の縁で目の周りを打った。腕脚は支えたので強い衝撃
    後は三上さんに支えながら下山来たこのコースへ

    翌日日赤での診断は全身打撲。後遺症で手足の力抜ける始末。



    そのご日赤でMR検査の結果、
    この検査は首の部分です。
    脳から出てくる部分の一部に乱れが発見されてその所為で腕や脚の動きが鈍くなっていたのです。
    だからそれを修復するためには手術が必要となりました。
    11月8日から2週間の予定です。いささか深刻のの状態です。
    でもその手術を行えば元通りの体調に戻るそうですから 耐えることです。
    



 箱 根 観 光 19−7−16・17  

   現役時代のお客さんに誘われて箱根へ行ってきました  19年7月16・17日 1泊2日です。

    今回は旅行者のバスツアーに参加して行ってきました。
    京都八条口で集まって観光場に乗りました。

    途中参加のお客さんを乗せるため3カ所に立ち寄り高速道路を一気に御殿場ICまで。
    箱根街道はまさに天下の険 険しい山道です。自分のハンドルでは大変だと思いました。でもいつかは挑戦してみたい。
    両日とも曇り空 時には小雨もぱらついて天候は最悪でしたが 結構楽しみました。





 富 士 山 観 光 19−6−19〜20  



   Slownetの仲間と富士山観光に行ってきました  19年6月19〜20日の1泊2日の旅です。

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  男性3名女性3名計6名(関西組)。19日の朝9時京都駅に集って
  私のワンボックスカーに乗車出発しました。 

  ハンドルは男性3名が交代で持ったので楽ちんのドライブでした。
  夕方6時 東名高速御殿場ICを経て富士河口湖近くのホテルに到着。
  関東組の5名(男性2名女性3名)と合流しました。

  当日は曇り空だったので道中を含めて富士山は見ることができませんでした。


  ところが 翌20日は晴天でした。幸運です

  早朝4時に起きて河口湖へ行きました。まともに富士山の姿を見ることができました。
  「農鳥」が見えました。地元の人でも見るのが珍しいと言う。コレは瑞兆なのです。
  今年はよいことがありそうです。

  河口湖に映る逆さ富士も見事でした。

    関東と関西それぞれの有志のグループが合同でのオフ会は今回が初めてです。
    互いに顔も知らなかった同士が すぐ旧知のようにうち解けて交流しました。

    夜はカラオケです。私も少しおしゃれスタイルで歌いました。そしてヂュエットしました。

    翌日も交代でハンドルを持って今日に帰りました。
    全行程950キロ楽しい旅でした。

    
    
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 四国へロングドライブ 19−6−11〜13  



 四国の太平洋岸をドライブしました。1210キロ


   小学校時代の幼なじみのすみちゃんが来たので一緒にドライブに出かけました

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  11日の朝9時 快晴に恵まれて気持ちよく出発しました。  

カーナビも快調。高速道路も快調。淡路島を通って四国に渡りました。
東海岸沿い国道55号線を南下。室戸岬を目指して・・・

宍喰温泉の民宿で一泊。大変お粗末でした。初日は350キロ
ここは漁港です。大きな漁船が停泊していました。乗組員が釣り糸の手入れをしていました。
また 今朝漁した魚の水揚げげも見ました。


  2日目は海岸沿いに桂浜から足摺岬をめざしました 

    桂浜です 坂本竜馬の銅像が建っています。
    白砂の水際で大の字になって寝ころびました。

    雄大な眺めに満足しました。

    高知市内を通って足摺岬を目指しました。ここから国道は56号線です。

    日本一 水がきれいと言われる四万十川の川沿いを走りました。、
    ここからの道路は大変でした。曲がりくねった道路が延々です。しかも上がったり降りたりです。

    四国の最南端。足摺岬に着きました。京都を出てから700キロ。夕方になりました。

    目の前は何も遮るものない太平洋です。このまま南へ行くとオーストラリア。

    予約なしで飛び込んだホテルは民宿並みの料金なのに観光地並みの施設でした。

   3日目は朝8時に出発  足摺岬でカーナビに「自宅へ戻る」をインプット。 

    また昨日走ってきた 曲がりくねった道路を経て高知市まで
    ここから高速道路にお任せ 京都までそのままでした。
    約520キロ。一日でこれだけ走ったのは最長でしょうか。
    さすが途中で3回寝ました。12時間かかりました。
    夜の高速は久しぶりです。目が疲れました。

   途中いろんな景色を見ました

    お遍路さんをたくさん見かけました。団体のお遍路さんもありました。
    高知市では はりまや橋 に行ってきました。



    今年のロングドライブが終わりました。
    すみちゃんは16日(土曜日)に京都駅で見送りました。

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 花園を訪れました

    

   いつも児童館活動でお世話になっている深見ゼミのコンパがありました。
  担当の職員と運営委員長が招待され参加してきました。

     コンパの2週間後今度は私(委員長)が授業の参観に案内されて、児童館についてお話をしてきました。
     それだけだったらよかったのですが、ついでに私的なこともということで
     在宅介護のことやその後  同級生とのロングドライブのことなど。
     お嬢さん達を前に始めはいささか緊張はしましたが終わり頃には気楽になりました。

     よい経験をしました。ありがとうございました。





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 コンパで乾杯です。
これも
いえ〜っ
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身振り手振りで・・・
お店のそとにあった大きな手のひら
授業参観のゼミ生です



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 世界遺産(レプリカ)を訪ねました

 
 19−4−23  



 姫路市の郊外にある広大な敷地のところに世界遺産がいっぱいレプリカで展示されていました。

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   入り口にはフランスの「凱旋門」が建っています。それをくぐると道は「万里の長城」へと続いています。   

   途中に 色んな国の石像が置かれています。夢中でシャッターを押しました。
   そのときは一つ一つ名前と国をみてたのですがあまりにもたくさんあるので何時しか覚え切れなくなって・・・

   気がついたら長城の石畳の上を歩いていました。約2qの道のりです。望楼にたどり着きました。
   万里の長城は今年2月23日に中国を旅行した時に昇ったのでちょうど2ヶ月ぶりです。



   ←← 凱旋門の写真をクリックしていただくと全貌が見えます。





      帰りに明石へ寄って、明石蛸のお刺身、海岸で露天風呂に漬かってライトアップされた明石大橋を観ました。
   
      京都から姫路へ往復約300qセミロングドライブしました。

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 中国北京旅行記  19−2−22〜25  



 ツアーに参加して中国北京へ行ってきました。

   19年2月22〜25日の3泊4日の旅です。 クリックすると写真が沢山出てきます

   万里の長城に登ったよ〜。   

私は戦前当時の華北交通に勤務して済南に1年坊子に3年そして軍隊に入って約2年通算6年中国大陸にいたのです。
当時のことは華北交通時代   軍隊時代に書いてますのでよろしかったらご覧下さい。

北京には25年前同じようにツアーに参加して行ってきたのです。
その後、青島・済南シルクロード、そして今回で中国は戦後4回訪れたことになります。
中国は青春時代を過ごした地なので何回訪問しても懐かしく私にとっては故郷のようです。

今回は日頃お友達してくれているお嬢さんに誘われてそのお姉さんと3人で行ってきました。

  初日の2月22日 

家を出たのが9:00 京都駅でそのお嬢さんと待ち合わせ、そこから関空へ
関空は予定より2時間半遅れて16:40フライト 北京空港19:40着3時間かかってました。
出国手続きはたいへんです。みなそのお嬢さんがやってくれました。
夕食は四川料理 私には少し辛口でした。ホテルは1人部屋 落ち着きホッとしました。

  2日目の2月23日 ホテル出発8:00(以降中国時間)

まず故宮博物館へ  広大な敷地です。

博物館に王座がありました。私達もその座を借りて記念撮影をしました。

そのほかに色んなものが展示してありました。そしてそれを作る職人さんの実演もありました。
磨き上げた水晶玉の中にもう一つ水晶玉があってそれに絵が描いてありました。
見てたらそこの小さな穴から細い筆を入れて描くのです。名人芸ですね。魅せられて一つ求めました。

有名な書道家の先生が透かし模様の入った和紙(中国では何と言うのか)に達筆をふるっていました。
   これもつられて2枚求めました。いいおみやげになりました。お土産になりました。

   そのほか陶器の壺に彫刻する職人。細い銅線で絵を描いてる職人。筆で繊細な色つけしてる職人
   刺繍では、一本の絹糸をほぐして90本に分けその1本が蜘蛛の糸のような細さにして花の絵を刺繍していました。しかも裏表全く同じ絵柄にです。
   それらの名人芸にはただただ驚きでした。

   天安門広場です。この広場には100万人人が集まれるそうです。広大な敷地です。

   左右に衛兵が直立不動で立哨vしていました。また交替のための衛兵の行進も見ました。昔軍隊にいた頃の姿勢をかいま見たおもいです。

   万里の長城です。ごらんのように勿論登りました。

   中国は今春陽節と言って日本から見れば旧正月なのです。長期休業と言うことで中国各地からの観光客がどこへ行ってもあふれています。
   ここ万里の長城も 城壁いっぱいの観光客です。

   京劇を鑑賞してきました。
   入り口を楽屋にして俳優達がメークしていました。
   舞台では甲高くて賑やかな中国楽器の伴奏で、俳優達の立ち回りが見ものでした。
   京劇は日本歌舞伎のようにドラマが主体ではなくどちらかと言えば曲芸的敵ですね。
   宙返りや大きなとんぼ返りも頻繁だし、槍を投げやったり、メイクもすごいです。

   今夜の食事は名物 北京ダックです。もの前で調理していました。
   巷では夜の屋台を見学しました。内容は殆どが揚げ物だから煙がたちこめてにおいも強い。
   大きなヒトデ(海星)の唐揚げや、サソリの黒焼きもありました。ホントに食べるのですね。

  3日目の2月24日 ホテル出発8:00(中国時間)

   今日は自由行動だったのですが、地理不案内なのでツアーの企画に参加しました。

   行ったのが天壇です。
   ここも広い敷地。市民が集まって思い思いに楽しんでいました。

   次に行ったのが 王府井 ここは北京唯一の繁華街です。
   東京の銀座並みときいていたのですが、道路幅が広いせいもあってかそんなに雑踏感は見られませんでした。

   いよいよ胡同です
   ここは北京の下町風情を残していると言われます。私はここを訪れたかったのです。

   古い煉瓦土塀に囲まれた家々、狭い道路 路地です。
   観光客を案内するための人力車(自転車)がたむろしていました。
   なかでも裕福な家の前には自家用車がありました。ここにも格差でしょうか・・・

   近くの池の畔では、男の人が胡弓を楽しんでいました。風情のあるいい音色です。
   街角の広告塔?に昔の写真家ポスターが貼り付けられてありました。
   その中に「李香蘭」のような写真があったのでどきっとしながらよく見たら・・・残念でした。

    建築ラッシュ  来年北京オリンピックがあることから、その会場や施設の建設が盛んでした。
   並んで高層マンションの建設も盛んでした。市の中心部は勿論、古い町並みが次々と取り払われていずれは近代都市の風貌になってゆくのでしょうね。

  最終日の2月25日 ホテル出発6:00(中国時間)

   朝はまだ暗いしもやが立ちこめて視界は不良でした。そしてさすが寒かった。
   この旅行期間気温は京都並みでした。聞けば北京も50年ぶりの温暖気候だそうです。

   無事北京国際空港を飛び立って帰国の途につきました。
   飛行機の窓から遠くを見ると、青い空白い雲がくっきりわかれていて水平線のように見えました。
   雲海を突き抜けて日本の陸地が見えたときは初日に北京へ着いたときとは異なるホッと感を味わいました。

   関空から京都までの車窓の風景はたった4日間離れただけなのにやはり懐かしいものがありました。

   京都駅でお嬢さん達と別れました。
   4日間何から何まで面倒見て貰いました。石段の上がり降りなどは殆ど介添えして貰うし、主入国の手続きなどはどうしていいのか完全にお手上げ、
   パスポートも預けっぱなしにしてやって貰いました。これでは外国への一人旅は悔しいけれど不可能を知りました。

   ありがとう

   その彼女近く結婚するのです。でも相手の彼氏快くこの旅行を納得してくれたこと感謝です。
   まだ紹介して貰っていないのでよく知らないのですが度量の大きい爽やかな青年だと思います。
   きっと幸せな結婚生活を送ることでしょう。こころからそう願います。

   
   これで私の今回の中国旅行記を終わります。

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